訴訟問題
米国では医療訴訟になるケースが余りにも多いため、ERなどでは、訴訟を避けるために、医療的には不必要な検査が過剰になされている場合もあります。医療従事者として医療訴訟を避けるための、カルテの書き方、患者様への接し方などは、身につけていなければいけないスキルとなっています。
訴訟問題
今月のはまず私達医療関係者全てに起こり得る、患者からの訴訟について述べたい。米国は日本に比べてはるかに訴訟されやすい環境にあり、カリフォルニアでは医師3人に一人が訴えられていると言われているから、恐ろしい環境だといえる。
我々が患者治療にベストを尽くしても、それが仇となってかえってくる可能性もある。
以下に下肢切断となった患者からのよくある告訴の例を挙げる。
実施を怠ると訴訟問題となり得る、最も一般的な事例
- 患者に対する正しいフットケアの教育
- 神経、血管検査
- 血糖コントロール
- 潰瘍の適切なデブリードメント
- 創傷部位における、好気性及び嫌気性の培養
- レントゲン・MRI検査
- 感染の悪化の認知
- 感染悪化の徴候・症状の患者への指導
- 荷重軽減物品の処方
- 感染の悪化時の入院指示、遅延の無い入院指示
- コンサルテーションの要請、遅延の無いコンサルテーション要請
以下は、実際に米国で起こった訴訟である。これは糖尿病性潰瘍への積極的な治療を怠った為に患者が甚大な被害を被ったという、ほぼ勝ち目のないケースである。
原告と状況
原告は1999年4月に右足の潰瘍で医師を受診。原告は10代の娘を持つ43歳の男性。重度の糖尿病と肥満の既往。血液透析中で、足の脈は触れなかった。医師は爪真菌症、右足第3中足骨下の浅い潰瘍と診断した。
治療
医師はさまざまな薬品で原告の潰瘍を治療した。潰瘍は拡大したり縮小したり、時には閉鎖したり、また時には離開した。
2000年8月までに創傷は治癒し、原告は必要に応じて来院するよう言われた。
原告は2000年12月に第2中足骨下の潰瘍で再来院。足病外科医はサイズ2.5x3cm、ステージ3の潰瘍と診断。感染認めず。抗生剤入り軟膏とApexの靴を処方。原告は3週間後に再来院。潰瘍は1x1.5cmと縮小していたが、創部に悪臭があった。骨スキャン、レントゲンと共に培養も採取。抗生剤は出されず、Regranex(成長因子ジェル)が処方された。
原告は4週間後に再来院するよう指示された。骨スキャンでは骨髄炎なし。培養ではメシチリンに感受性のある黄色ブドウ球菌が検出され、足病外科医は電話にてオーグメンチンを処方した。
原告が1月に再来院した時潰瘍は縮小して見え、足病外科医は感染が無くなり潰瘍が改善したと感じた。潰瘍はまだステージ3と記録された。
原告は指示された通り4週間後に再来院した。その時足病外科医は潰瘍が浅くなり感染徴候が無いと感じた。潰瘍は再びステージ3と記録され、原告は4週間後に再来院するよう指示された。こうして原告は2001年3月の終わりまで、4週間ごとに来院した。それぞれの来院時、足病外科医は感染のいかなる徴候を認めず、創部は良くも悪くもなっていないと感じた。
潰瘍はその間ステージ3とされ続けた。2001年3月の終わりに、原告は別の病気で内科に3日入院した。
入院時、潰瘍には感染の徴候は無かったが、傷は重症で異臭がすると記録された。退院後、原告はまた足病外科医による治療を継続した。4月の来院時、足病外科医はRegranexを4ヶ月投与しても著明な改善が見られないことを理由に血管外科を受診すべきだと考えた。記録では原告は血管外科医に紹介されたと記されているが、実際患者が血管外科を受診した徴候はない。原告が最後に足病外科医を受診したのは2001年5月で、その時はステージ3、サイズ0.3x2cmと記録された。感染徴候、浸出液、骨髄炎の徴候は無かった。患者は9週間後に来院するよう指示された。それから2週間経たないうちに患者は病院へ入院した。
38.9℃以上の発熱があり、白血球数も増大しており右足の足底面の中足骨部分にはステージ4、サイズが2.5から3cmの創傷が見られた。MRIでは第3中足骨頭に骨髄炎があった。
不幸な進行
原告には6週間抗生剤が静脈投与された。2001年6月には、第2趾・3趾から足底に延びる壊疽で再入院となった。その入院時に第2趾・3趾・4趾が切断された。状態は次第に悪化し、右足は結局膝下切断となった。
原告の主張
- 1999年4月から2001年5月の間、血流アセスメントの為の血管外科への紹介が原告になされなかった。
- 2001年3月の終わりからそれ以降に足の感染の診断がなされなかった。
- 2001年3月と4月に、感染の種類と範囲を見極める診断検査がなされなかった。その検査には血液培養、再レントゲン、骨スキャン、MRIが含まれる(が、限定はされない。)
- 適切な抗生剤を適切な期間投与されなかった。
- 2001年4月に正しい治療がなされなかった。
弁護
開示の過程において以下のように続いた。
- 原告のカルテ中の被告による記録という、陪審員が被告の証言に同調し得える盾となるものの中に物質的本質的な欠陥及びと矛盾があった。
- 被告は一貫して原告の潰瘍を「ステージ3」と記述していたが、実際はステージ1だったと証言した(専門家の証人は、5回の受診でステージ3潰瘍と診断されていたのに血管外科への紹介や、さらに進んだ診断検査がされなかったのは治療処置のスタンダードの不履行であると証言した。)
- 記録の多くに潰瘍のサイズ・深さ、発赤の有無、腫脹や浸出液、潰瘍の治療処置のための患者への指示が記されていなかった。
- 被告医師は患者は非遵守と述べたが、原告は全ての指示を遵守したと証言した。カルテには患者の遵守・非遵守については全く記されていなかった。
- 受診の記録が無いときもあった。
- 2001年4月の受診時、被告は原告に血管外科受診の重要性を伝えておらず、その後血管外科への受診手続きを原告がとったか確認しなかった。
- 被告は2001年5月の原告受診時に9週間後に再受診するよう指示したのは血管外科医が引き続き原告を診ているからだと思ったと述べた。
- 被告が原告に対して行った治療は消極的、病状に対して最低限の処置であり、治療処置のスタンダードを殆ど又は全く満たしていないことが明らかになった。
結果
原告は当初130万ドル(1億5千万円)の和解金を要求した。調査員と弁護士はこの賠償請求に対する弁護は非常に困難であると考え、被告医師は和解に同意した。そして賠償請求は調停に持ち込まれ、60万ドル(7千万円)で和解となった。
リスク・マネジメント
- カルテには患者への治療内容、又治療処置のスタンダードが提供されたことを正確に記すべきである。
- 創傷の部位、サイズ、ステージ、浸出液・異臭・発赤・腫脹の有無を適切に記述し、受診時毎にそれぞれの創傷に対して行う。
- 受診時毎に患者への全ての指示を記録し、指示事項への遵守・非遵守も記録する。患者が非遵守だった場合は患者に教育文書を渡して遵守の重要性と非遵守がもたらすリスクを伝える。
- 必要時にはタイムリーに専門医に紹介する。必要時というのは、治療による改善が見られない時は、急速に状況が悪化する時などを含む。
紹介がなされた時は:
- -紹介の必要性と従うことが切迫していることを教育する。
- -紹介先の予約をする。
- -紹介先に要求することを明確に伝える。
- -紹介先にコンサル理由を詳細にした手紙を書き、患者のカルテのコピー、レントゲン、検査データを提供し、この先誰が主に責任を取るかを明確にする。
- -紹介の追跡とフォローアップをして紹介先とのやりとりを全て文書にする。
- 患者が複数の医師の治療を受けている場合、それぞれの医師との連携は重要である。もう一人の医師がこれをやっているだろうという推測は禁物である(例・患者の主治医が血糖レベルをモニターしているだろうと推測する)
電話や手紙を通じて当該患者のケア・治療を他の医師と連絡し会うことで、患者の治療処置に対するそれぞれの役割や、誰がどの病状に責任をとるか明確にすることができる。連絡を蜜に取り合っている治療処置は患者の満足度や治療結果の向上にもつながる。患者のケアと治療に関する、他の医師との全ての連絡事項は、カルテ内に文書化することを忘れてはならない。
糖尿病性足病変管理時に訴訟を防ぐステップ
足創傷の治療-以下は日々の治療において信頼され、使用されているプロトコルの一部である。
- 評価
- 代謝コントロール
- デブリードメント(先鋭な)
- バクテリア培養(好気性、嫌気性)
- 抗生剤
- 足を水につけない
- 足浴を使用しない
- 荷重軽減、除圧
- 血流改善(血管外科)
- コンサルテーション
- 入院
- 訪問看護
- 物理的事項
- 栄養不全
- 患者の非遵守
- 治療の遅れと紹介
不良な結果が必ずしも治療処置のスタンダードから逸脱しているというわけではない。しかし治療処置のスタンダードを満たさず切断という結果になった場合は間違いなく負けとなる。